ブッダの弟子・ラーフラがトイレで寝る理由は?どんな人?

ブッダの弟子・ラーフラがトイレで寝る理由は?どんな人?

ブッダ(お釈迦様)には子供がいます。

一人息子のラーフラという人物です。

今回は、
ブッダの優れたお弟子さん10人「十大弟子」
の中からラーフラの生涯を取り上げてご紹介します。

有名なトイレの話も出てきますよ!

(興味のある方は他の弟子の話もどうそ!)
      
ブッダの弟子アナンダはどんな人?美男子(イケメン)でモテた?

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ブッダ(お釈迦様)には子供がいた!

出典:4.bp.blogspot.com

ラーフラ(日本名では羅睺羅(らごら))
という人物はブッダの1人息子と言いましたが、

 

ラーフラが生まれてからブッダが出家した
という説
と、

 

妻がラーフラを身ごもった事を知って
から
出家した説

というのが2通りあります。

 

ラーフラが生まれてから出家した説の場合

 

まだブッダが釈迦族の王子として
カピラ城で「シッダールタ」という名前で
呼ばれていた時代で、

当時シッダールタ王子の結婚は16歳でした。

妻のヤショーダラー妃との間には
なかなか子宝を授からなかったので、

ラーフラが生まれたのは
結婚から11年後の、
シッダールタ王子が27歳の時だったそうです。

それから妻と幼い息子を置いて出家したのが、

ラーフラが生まれて2年後の
シッダールタ王子29歳のでした。
(一説にはラーフラ誕生の7日後ともいわれてます)

 

妻がラーフラを身ごもった事を知って出家した説の場合

 

この説のすごいところは、

妻のヤショーダラー妃の妊娠期間が
6年間ということです。

通常では考えられませんが、

妻の妊娠を知った
シッダールタ王子(ブッダ)がすぐに
出家をして、悟りを開くまで苦行しますが、

ラーフラの誕生は、
ブッダとして悟りを開いた日だったと言われます。

 

出家から悟りを開くまで6年間ですが、
その間ラーフラは母親の胎内にいた
ということになりますね。

ブッダとイエスが主人公の
「聖☆おにいさん(セイントおにいさん)」
というマンガにも、

ラーフラーが6年間もの間
胎内で粘っていたというネタで使われたエピソードです。

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ラーフラという名前の意味は「障害」?

出典:4.bp.blogspot.com

ラーフラというのはインド名ですが、
その意味は

「障害・障り・束縛」

を意味すると言われています。

 

なぜ優しいはずのブッダがそんな
ひどい名前をつけたのか不思議ですよね?

それにも諸説ありますが、

子供が誕生したと使者から聞いた時に
当時のシッダールタ王子(ブッダ)は

思わず

ラーフラ‥(出家のための障害)」

とつぶやき、

それを聞いた父の浄飯王がそのまま
名前にしてしまったという話があります。

※(誕生を告げた使者が、
シッダールタの「ラーフラ‥」という
つぶやきを、命名したと思って伝えたという
説もあります。)

 

愛する子供の誕生が出家への
「障害」となり、ラーフラという名前の
由来になったのかもしれませんね?

 

 

お父さん(ブッダ)に「財産をください」と言ったラーフラ

 

ラーフラが初めて父親であるブッダに
会ったのは、経典にもよって違いがありますが
9歳の頃でした。

 

それまでカピラ城ですくすく育ち、
何不自由ない暮らしをしたと思われます。

 

ブッダが出家してから久しぶりに帰って
来た時、城の重巨たちがラーフラに
こう入れ知恵しました。

 

「お父さんに頼んで、お城や財宝を
息子に譲るという証文を書いてもらいなさい‥」


出典:1.bp.blogspot.com

重巨たちは、ブッダの教団にカピラ城を
乗っ取られる事を心配したのかもしれません。

 

感動の対面のはずが、いきなり息子から

「お父さん、財産をください」

と言われたブッダはビックリしてしまいました。

 

こうした経緯もあって、
ラーフラをこのまま放ってはいけないと、

ブッダは弟子のサーリプッタとモッガラーナに命じて
ラーフラを出家させました。

 

ブッダとしては、城の財産よりも
自分が修行して得た「仏法」という財産を
継がせたいという親心だったんでしょうね。

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叱られまくりの出家後のラーフラ

 

自分は「ブッダの息子」という甘えがあり、
なかなか悟りを開くことができないラーフラは、

修行中でも平気でウソをついたり、
イタズラをしていました。

教育係のサーリプッタも叱っていましたが、
なかなかやめようとしないので、

とうとうブッダに伝えることにしました。

年齢的にも9歳で出家したラーフラが
やんちゃなのは仕方ないような気がしますが、

そこは修行の身。

あるイタズラをきっかけに
ブッダから大目玉を食らってしまいます。

 

ブッダがラーフラに激怒した理由

 

ラーフラのエピソードで有名なのは
「たらい」を使ってブッダから叱られた話です。

※たらいで叩いたという内容ではありません(-_-;)

ある日、ラーフラが王舎城近くの温泉林に
いたところ、

「ブッダはどこにおられますか?」

とたずねてくる人々に対して、

ブッダが伽蘭陀(がらんだ)竹園に
おられるときには

「霊鷲山(りょうじゅせん)にいる」

と答え、

ブッダがピッパラ窟におられるときには

「西尼迦(せにか)窟にいる」

とウソをついていました。

 

こうして、人々に2キロ3キロもの
道のりを無駄足を踏ませて

その様子を楽しそうに見ていたそうです。

そして、

とうとうそのイタズラがブッダの耳に
入る時がやってきました‥。

 

ブッダが息子ラーフラにした厳しいお説教とは?

 

ラーフラのいたずらを聞いた後、
ブッダは托鉢(たくはつ)の為に王舎城に入り、

ラーフラのいる温泉林に来られました。

そしてブッダはラーフラに対して

足をすすぐたらいを持ってこさせ足を洗い、

 

「この水が飲めるか」

 

と尋ねました。当然ラーフラは

 

「飲めません」

 

と答えます。するとブッダが

 

そうだ、初めは飲めた水だが

足を洗って汚れたために飲めなくなった。

ラーフラよ、お前も同じである。

 

せっかく出家して清い道を歩みながら

嘘をついて人を困らせ、それを喜ぶという

心になってしまっている。」

 

次にブッダはそのたらいで

 

食事ができるか」

 

と尋ねられ、ラーフラは

 

「できません」

 

と答えます。するとブッダは

 

 

「そうだ、お前の心も

このたらいと同じだ。

 

お前の心は人をだまし、愚弄するという

汚れた水をいれたために、

出家者にふさわしい教えを入れられなくなった」

 

こういうと、ブッダはいきなり

そのたらいを思い切り蹴とばして、

たらいが転がると

 

「壊れるかと心配したか」

 

と尋ねられました。するとラーフラは

 

「安いたらいなので、壊れても困りません」

 

と答えると、厳しい顔と声でこう言われました。

 

「ラーフラよ、ものの値打ちは

値の高い安いで決まるものではない。

あれだけ多くの水を、お前の手に汲み

運べるか。

 

ものは、その使い方を知って値打ちが決まる。

お前のように嘘をもてあそぶ者は

蹴られて転がるたらいのごとく

人にうとまれ、風雨にさらされ、やがては

朽ち果ててしまうだろう。」

 

ここまで厳しく叱られたラーフラは、

ようやく自分のした事を深く恥じて
ブッダに心からの参拝をして懺悔したということです。

そして、師のサーリプッタにも
許しを願ったと伝えられています。

 

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ラーフラは「密行第一」の弟子

 

ブッダの教団には様々な戒律がありましたが、

叱られて以来、心を入れ替えたラーフラは、
戒律を守る心において第一と呼ばれるように
なりました。

ブッダの弟子としてのラーフラの優れた特徴から

「密行第一」

と呼ばれれます。

 

サーリプッタ(智慧第一)と
モッガラーナ(神通第一)の二人から
指導されていたラーフラだったので、

例えば比叡山の千日回峰行のような
密教的な修行をしていたことも考えられます。

戒律を守るだけだったら、「持律第一」の
ウパーリがいるので、

ラーフラはどちらかというと、
実行的な部分で優れていた人物だったのかもしれません。

 

ラーフラの有名な「トイレで寝た」という元の話は?

 

「トイレで寝たラーフラ」

というのはよく語られるエピソードですが、

ラーフラが謙虚に精進する中でおきた出来事です。

 

ラーフラがまだ正式な
具足戒(ぐかいそく・僧侶の資格みたいなもの)
を受けていない時、

夜の説法が終わると、
先輩の僧侶はそれぞれの部屋に戻って眠り、

若い僧侶達は在家信者(出家してない信者)
と一緒の一つの部屋で寝ていました。

それがある時、ブッダが

 

「これからは、資格を受けた僧侶が

まだ資格をもっていない僧侶と

同じ部屋に寝てはいけない。」

 

という規則を作りました。

 

次の夜、ラーフラは困りました。

前の晩まで世話を焼いて寝場所を提供
してくれていた僧侶たちが、

規則違反を恐れて、誰も知らない顔をしてきたからです。

 

眠れる場所を探しまわった末に、

ラーフラは
ブッダのトイレにもぐりこみ、
不平一つも言わずにそこで休みました。

 

次の朝、

ブッダがトイレの入り口で咳払いを
すると、

中にいたラーフラが咳払いをして
出てきて、事の次第を説明しました。

ブッダは、

 

「自分の息子であると

多くの人から知られているラーフラが

こんな様子では、

新たに入門する修行者はどうなってしまうだろうか‥」

 

と、教団全体の事を考え、サーリプッタに

 

「サーリプッタよ‥

ラーフラは昨晩トイレに寝ていた‥。

誰かが世話を焼いてやらなくては

せっかく出家してきた者があっても、

資格を得るまで

寝る場所が無いではないか。

私はこれから規則を変更することにする。」

 

と言われたそうです。

多くの書物にはこの話について、

ブッダが心配したのは自分の息子ではなく、

規則が独り歩きして、
快適な集団生活の為にある規則だという本質を
僧侶たちが忘れてしまっていたことにある

と解説されているそうです。

 

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ラーフラは人間的な魅力あふれた人物だった

 

偉大な父・ブッダを持つことによって、
人一倍悩み、時にはウソをついてまわりを
困らせたりと、

十大弟子の中でもラーフラは人間的に
未熟な部分を多く持っていました。

しかし、ラーフラは厳しい修行に耐えて、
時にはブッダから座禅の呼吸法を教えて
もらいながら「悟り」への道を歩みます。

 

ブッダはラーフラの成長度合いに合わせた
指導をしたり、

「阿羅漢」を得たいために
何度もブッダの元を訪れるラーフラを優しく見守りました。

※阿羅漢(あらかん)とは悟りを開いた弟子の事。
仏弟子の中でも最高位の称号

そうして、ラーフラはブッダの教えを
実践する中でついに阿羅漢になることができました。

 

ブッダの死とラーフラ


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ラーフラはあまり人前に出る事が
好きではなかったようです。

その為に、険しい山で修行したり、
1人で瞑想することを好む人物でした。

 

ブッダの死期が近いと知らされた時も、
ラーフラは旅の途中でした。

何よりも父・ブッダとの別れが辛いラーフラは、
その現実から逃れるように旅をつづけたそうですが、

ついに決心してクシーナガルのサーラの林
に行きます。

 

そして父・ブッダとの最後の別れの時、
幼い日に

「財産をください」

と言った願いは、今すでに

「永遠の真理」

という学びになって自分に与えられた
と知ったに違いありません。

 

ブッダの死後、ラーフラがどうなったかは、
記録やお経などにほとんど見受けられないそうです。

いくつかの十大弟子に関する本にも
ラーフラの晩年や最期の様子は載っていませんでした。

 

まとめ


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ブッダの十大弟子の中でも唯一、

自分が望まない形で強制的に出家させられたのがラーフラでした。

まだ9歳そこそこの年齢でいきなり
お城の王子の暮らしから、修行僧になるわけですから、

一番ギャップの激しい人生を送ったと言ってもいいのではないでしょうか?

 

そんな中でも、

最終的には「阿羅漢」を得たところは
さすがブッダの息子ですね。

「密行第一」の忍耐強さと精神力があったのでしょう。

弟子の中でも比較的いろんな記録が多い
ラーフラでしたが、

「トイレ」のエピソードはラーフラの
苦労、幼さ、素直さを感じることができますね、

ブッダの優れた十人のお弟子さんの内
今回はラーフラをご紹介しました。

他の十大弟子も面白いエピソードが
たくさんあるので興味のある方は読んでみて下さい^^

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