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通夜・葬儀

無宗教や宗教の異なる家族の葬儀の決め方は?故人の意思は尊重すべき?

家族全員が同じ宗教を信仰している
というのは、すべての人に
あてはまるわけではありません。

まったく宗教には無関心で、
神も仏も信じない。
といった方もたくさんいらっしゃると
思います。

ここでお話しさせてもらうのは、
もし、そんな家庭でご家族が
亡くなったら‥?

「死」は誰にでも平等にやってきます。

もしもの時に少し考えてみては
いかがでしょうか?

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葬儀はどうする??

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出典:3.bp.blogspot.com

家族の中で、異なる宗教を信じていたり、
もしくは「無宗教」という人がいる場合、

その方が亡くなったらどうすればよいでしょうか?

一般的に言って、避けては通れないのが

「故人の意思」

だと思います。

ましては生前、

「私が死んだらこうしてくれ」

などと、遺言めいたことを言われていれば、
なおさらでしょう。

そこで、

「葬儀は故人の宗教、
信条(固く信じている事)に

基づいて決める」

と判断される方が多いようです。

 

身内が死んでから初めて芽生える宗教観

 

こんな話もあったそうです。

「無宗教」

を自認し、

「葬式無用論」

を説いていたある大学教授が、
思いもかけぬ我が子の死に出会いました。

その途端

これまで盛んに主張してきた
説はどこかへ吹っ飛び、涙ながらに

「盛大な葬式をしてくれ!」

と頼んだといいます。

つまり、

故人の死を縁に営まれる葬儀と言うのは、
後に残った遺族や縁のあった人達が
故人の死を悼み、
その遺徳を偲ばずにはおれないという
心情から行われる儀式であるわけです。

 

 

人間は自分の宗教観で故人を偲ぶ?

 

死を悼み、遺徳を偲ぶという事は、

自らの信仰とは切り離すことのできない
心のはたらきです。

たとえ、故人が無宗教でも、もしくは他の宗教を
信じていても、
「私(自分)」がその故人を偲ぶ時は
「私(自分)」の

宗教観でしか偲べないのではないのでしょうか?

そうすると、おのずと異宗教や、無宗教の
家族でも、故人を偲んでお葬式をする場合に
どうすればいいのか、見えてくるものがあります。

 

最終判断は遺族代表の喪主

saibanchou
出典:2.bp.blogspot.com

 

人間が、自分の宗教観で故人を偲ぶもの
だとすれば、

葬儀も、遺族の心情(信仰)に、
最もふさわしい
宗教で行われるのが本筋ではないかと思います。
(無宗教含めて)

最終的には遺族代表の
「喪主」の判断で決められて下さい。

 

「それでは故人の意思はどうなるの!?」

 

と、言われそうですが、
ここでハッキリしておきたいのは、
その故人の「意思」が、

1・「自分の事を頼む(死後の世話)」

と、言っているのか、または

2・「後に残ったものがよりよく生きるための願い」

であるのかを聞き分ける必要があるということです。

もし、「1」であれば、
時にはその意思が遺族を
束縛する場合もあるかもしれません。

残された家族に負担であれば
故人の遺志を全て叶えなくても良いと思います。

 

 

まとめ

 

■宗教の違う家族の葬儀は、
遺族(喪主)の宗教で行えばよい

 

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