お墓に名字の違う故人は納骨できる?生前仲が悪いと喧嘩する?

お墓に名字の違う故人は納骨できる?生前仲が悪いと喧嘩する?

よく仲の悪い人同士が
同じお墓に入ると喧嘩をするといった
話を聞きますが、

あの世でそんな風にいがみ合うのは
心配だからといって、もう一つお墓を
建てるのも簡単ではありません。

生きている私たちにとっては頭を抱えて
しまう問題を、浄土真宗の教えに沿って
お話ししていきたいと思います。

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お墓に関する涙ながらの相談‥

出典:3.bp.blogspot.com

今からお話しするのは、
お墓問題の相談を実際に
受けたご住職のお話しです。


 

ある女性が涙ながらに、こんな
相談をもちかけてきました。

 

「先方の反対を押し切って結婚した
娘が先日亡くなり、葬式を済ませたのですが
遺骨は婚家のお墓には入れてもらえず、

かといって、我が家のお墓にも
「制の違う故人の遺骨を入れてはいけない」
と人から言われて途方にくれています。
どうしたらよいのでしょうか?」

 

これを伺って、「親の心痛いばかりか」
と思うと同時に、執らわれるべきでは
ないことに執らわれ、
自らを縛り付けて苦悩を深めている
親の姿に、改めて迷信の怖さを
感じました。

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浄土真宗の僧侶としての回答

 

先ほどの相談内容のように、

「姓の違う故人は先祖の墓に
納骨してはいけない」

のほかにも、

「勘当した息子の骨は
いれられない!」

とか

「仲の悪かった人同士の骨を
一緒にすると喧嘩になる」

などと、まるで

「骨のなわばり争い」

のような事を気にする人がいますが、
そういうことは宗教上
一切気にする必要はありません

ですから、故人を大切に思う心があれば、
堂々と自家のお墓に納骨すればよいのです。

 

問題は自分の心が作り出すもの

出典:2.bp.blogspot.com

納骨に対する偏見は、骨そのものを
故人と見るところから生じてきます。

しかも、その「骨」の故人は、
生前の自己中心的な欲望や感情、
それにしきたりなどに縛られたままの
故人なのです。

実は、そういう目でしか故人をみれない
私(自分)自身こそが問題なのです。

私(自分)の尺度で死後の世界を
とらえようとし、挙句の果てに、
不幸になれば先祖のせいにしかねない
「私」なのです。

 

じゃあ故人は死んでからどうなるの?

 

故人は骨のままじっとしている
わけではありません。

お浄土(極楽浄土)で仏さまとなり、
私たちの為に働きかけて下さっています。

たとえ、生前に対立していた故人同士でも
「倶会一処(くえいっしょ)」の
お浄土の元、世俗のわだかまりから解放されて、
ともに手を取り合い、お念仏の法を説いてくださっているのです。

「骨のなわばり」を気にするのではなく、
故人の遺骨をご縁として、
私自身が根源的ないのちの願いや、
真実の法を聞く事です。

 

まとめ

 

故人の事を大切に思う気持ちはとても
素晴らしいのですが、それが迷信に
惑わされて、自分自身を苦しめるのでは
元も子もありません。

仏教では「霊魂」といったものも否定しています
     ⇩ 
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残された遺族は少しでも故人の為にと色々
悩みますが、

姓の違う故人でも納骨できる

遺骨=故人ではない

生前の故人の感情をそのままお墓に
持ち込まない

これを理解されれば、問題は起きては
こないのではないでしょうか??

参考書籍・「仏事のイロハ」

著者・末元弘然(すえもと こうねん) 

発行・本願寺出版社

宗派・浄土真宗(じょうどしんしゅう)

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