聖☆おにいさん5巻の元ネタ解説・宗教用語!後編その34~その36

聖☆おにいさん5巻の元ネタ解説・宗教用語!後編その34~その36

聖☆おにいさん(セイントおにいさん)
のマンガに出てくるブッダやイエスの
宗教ギャグの元ネタを解説します!

まだ知らない方が読まれた場合、
ネタバレになってしまうので、
5巻の内容をまだ知らない方は
ご注意下さい。
※過去記事で解説した用語は省略させて
いただくことがありますのでご了承ください。
なお、この記事は非公式です。

この記事の1つ前の元ネタはこちら(5巻前編)
    

聖☆おにいさん5巻の宗教用語・元ネタ解説!前編その30~その33

 

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5巻その34☆SAINT  FIREMEN

 

冒頭文より‥

ルシファ―が神の叡智である

光・炎を人に与え 人は文明を得た

 

ルシファ―は、
光を掲げる者・炎を運ぶ者
とされ、

ある言い伝えによれば
無知の状態であった人間達に

神の叡智である「光」をもたらす為に
自らの意思で天から降りたともされます。

 


 

イエスが‥

「むしろ私が来たのは地上に

火を投ずるためなのだから!!」

 

イエスが地上に来た目的の1つは
地上に火を投げ込むためでした。

この火は人間にとってイエスを愛し、
慕い求める情熱を与えてくれるものです。

その火は大水をもってしても
消すことはできないと言われます。

 


 

イエスが火の用心‥

「火のよ~うじん‥」

十字架一本 火刑の元っ‥‥!」

 

江戸幕府はキリスト教徒に対する弾圧を
一層強化して、

宣教師に対して行われていた
火刑を、一般市民にまでのばす事をしました。

当時のキリスト教徒は、
教徒であることを知られると
拷問や刑にあうため、

隠れキリシタンとして身を潜めていました。

 


 

炎の中でイエスが‥

ジャンヌ・ダルクちゃんだって

耐えたんだからっ‥!」

 

ジャンヌ・ダルクは今から約600年
程前の裕福な百姓家に生まれた少女
でした。

ある日聖ミカエルの声を聞く様になり、
その声に従い、祖国フランスの為に
男装して鎧をかぶり軍隊を率います。

神の使い手という噂もあり、
カリスマ的な存在となりますが、

シャルル7世の裏切りもあり、
イギリス軍に捕らえられ、
宗教裁判で魔女扱いされてしまいます。

19歳の時に火あぶりの刑で
短い生涯を終えました。

 


 

燃えるブッダにイエスが‥

「そういう君も焔肩仏なう!!」

 

焔肩仏(えんけんぶつ)の
「焔肩」とは炎の意味で、

マンガでは、
ブッダの肩が燃え始めていたので
その様子を両肩から炎を出す仏様に例えています。

 


 

ブッダがおばあちゃんを助ける為に‥

「ここはまだ此岸ですよ

おばあちゃん!!」

 

此岸(しがん)とは
今わたしたちが生きているこの世を意味します。

反対に彼岸(ひがん)は
お浄土(極楽浄土)の事を言います。

 

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5巻その35☆HOLY  SECOND  BIRTHDAY

 

冒頭文より‥

イースターとは

磔刑にされたキリストが
3日後に復活したことを祝う

キリスト教の一大祭事である

 

イースターの時期は
「春分後の最初の満月から数えて
最初の日曜日」と定められています。

なので、
指定された日付ではないので毎年
変わります。

具体的に言えば、
3月22日~4月25日
の間に復活祭(イースター)があります。

 


 

ぬいぐるみ電報を受け取ったイエスが‥

「かわいいけど‥一応ウサギだけど‥」

 

イースターとウサギの関係には、
こんなお話しがあります。

イースターの日に、森の中に色付きの
卵を隠して、
子供達がそれを探していた時に
きれいな卵を見つけた子供達は、
何の卵なのか不思議がりました。

ちょうどそのタイミングでウサギが
飛び出したのを見つけて

ウサギがこの卵を生んだんだ」

と喜んだそうです。

そんなお話しから「イースターウサギ」が
「イースターエッグ」を生んだと
伝えられるようになりました。

卵と同様にウサギもイースターの
大切なシンボルです。

 


 

ブッダが‥

「どっちかっていうと

輪廻転生の死生観の強い日本だと

一回の復活くらいではしゃげない

っていうか‥ね」

 

浄土真宗の教えで「輪廻転生」
読み解いてみますと、
根本的なところで言えば、まず仏教は
霊や魂は存在しないという教えです。
(一部の宗派は存在するかのような
教えをしますが‥)

仏教は「無我」を説くので自分の魂が
永遠に生死を繰り返して残るという
考え方はしません。

「今を生きる」ということを大切に
するといった教えです。

 


 

ブッダの前世が‥

とある王だった時は‥

 

釈迦(ブッダ)の前世のお話しは
道徳的な物語として無数に存在します。
そして、仏教国の人達に親しまれて
きました。

ブッダがある王だった時の話です。

誰からも批判をされない正しい政治を
する王様で、毎日のように人々に布施
をしていました。

王は物質的な布施では
徳をつむことはできないとして、
自分の身も捧げる覚悟でした。

そんな王の心を知った帝釈天が、盲目の
老人に姿を変えて、片目が欲しいと言います。

すると王はすぐに医者に
自分の目を移植させ、残った片目で
老人の様子を見て喜び、さらに
残った目まで布施してしまいます。

最後に老人に姿を変えた帝釈天は
王の目を治して真実の目を授けた
というお話しがあります。

 


 

ブッダの前世が

とあるウサギだった時は‥

 

この話は、月になぜウサギがいるのか
という由来のお話しにもなっていますが、

ブッダがウサギだった時に飢えた老人が
現れ、他の動物が食べ物をとって
その老人に捧げましたが、ウサギだけ
何もとることが出来ず、

「わたしを捧げましょう」

といって、
燃え盛る火に身を投げたというお話しが
あります。

このお話しも、
実はその老人は帝釈天で、ウサギの行いに
心を打たれ、

その姿を月に残すことにしたという
お話しがあります。

 


 

ブッダの前世が

シビという王様だった時は‥

 

ブッダが昔、インドのシビ王だった
頃のお話しです。

一羽の鳩が飛んできて、

「鷹に追われてるので助けてほしい」

と言います。すると鷹が来て、

「鳩を食べないと死んでしまう」

と言います。

鳩と鷹の両方を救うにはどうすれば
よいか考えたシビ王は、

「わかった、では私の肉をやろう」

といって、自分の太腿の肉をえぐり取って、
鳩と一緒に天秤に乗せましたが
足りなかったので、

片足全てを切り取りましたが、
不思議な事に
天秤は鳩の方が重いままです。

「はっ!」

と気づいた王は自ら天秤に乗ると、
ピタッと鳩と重さが釣り合いました。

シビ王は自ら全てを捧げ、鳩と自分も
命の重さには違いが無いという事に気づき、
二つの命を救ったというお話しがあります。

 


 

復活したイエスが当時を振り返り‥

「マリアは私を庭番だと間違える

一緒に食事をしてパンをさいてる

仕草でようやくわかったみたいで‥」

 

イエスが復活してその姿を弟子たちの
前に表す様子は、福音書によって
異なりますが、

マンガで「マリア」
と読んでいたのは、おそらく
マグダラのマリアの事だと思います。

マリアは、磔刑で亡くなった
イエスの遺体を自分の手で葬りたい
という気持ちで墓に行きますが、

そこにはイエスの姿は無く、
ただ泣いていると、
後ろから声を掛けられます。

それを、
庭番から声を掛けられたと
勘違いしたマリア

イエスの遺体を
返してほしいと詰め寄ります。

すると、復活したイエスが

「マリアよ」

と再度呼びかけると、

マリアはヘブライ語で

「ラボニ(先生)」

と答え、

その瞬間に、混乱して庭番だと思っていた人物が
イエスだと気が付いたとされます。

 


 

パンをさいてる仕草でイエスだとようやく
気づいたという話は、
ルカの福音書にかいてある話で、

2人のイエスの弟子が、イエスの遺体が
無くなっていたという出来事を話しながら
歩いていると、
イエス自身が近づき一緒に歩き始めます。

弟子はイエスだと気づかずにそのまま
会話しながら目指す村についたものの、
イエスは尚、先に行こうとするので
引き留めて

「一緒にお泊りください」
と言ってイエスを無理やり家に入れます

一緒に食事の席に着いた時、
イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、

パンをさいて渡した時、
2人の目が開けてイエスだとわかった
ものの、
その姿はすでにどこにもなくなったいた。
と言う風に書かれています。

 


 

復活を信じない弟子を思い出してイエスが‥

「でもまだピンときてない子がいるから

私は言ったんだ‥」

 

ヨハネによる福音書では、
ペトロ達が漁をしている
ところに復活したイエスが現れて、

「子たちよ、
何か食べるものはあるか」

と言うと、
イエスだと気づかない弟子たちは、
その日はまったくがとれなかったので

「ありません」

と答えます。

するとイエスは、

「船の右側に網を打ちなさい。
そうすれば取れるはずだ。」

と言うので、その通りにすると

網を引き揚げる事ができないほどの
沢山の魚がとれて、
皆がようやくイエスだと気づく
という話があります。

弟子たちの前に復活後にこれで3度
現れたといいます。

 


 

さらに疑われたことを話すイエス‥

トマスに至っては

それでも信じないで脇の傷に

指を入れてくるし‥」

 

十二人の弟子の中の1人であるトマスは、
他の弟子たちがイエスが復活
したという話を信じず、

「あの方の手に釘の跡を見、
この指を釘跡に入れてみなければ。
また、
この手をその脇腹に入れてみなければ
私は決して信じない」

と言ったそうです。

最終的には、トマスはイエスの姿を
見て、イエスの言葉によって信じます。

 


 

ペトロとアンデレの兄弟が布教中の
出来事について‥

「なんか天から来た炎みたいのが

頭の上に乗っかった途端

テンションだだ上がりしちゃって‥」

 

イエスが処刑された後も、弟子たちは
その教えを広げる活動を続け、
信者は増えていきました。

それをよく思わなかったのはユダヤ教の
指導者たちでした。

12大弟子の内、天寿を全うしたのは
ヨハネだけで、
その他は、ほぼ処刑などで殉教しています。

アンデレもx型の十字架に2日間も
磔にされながらも聖霊の炎を燃やしながら
最後まで布教したと言われます。

 


 

ブッダがみんなに‥

「本当はごちそうも作ってあるし

イースターエッグも隠してあるからね!」

 

イースターは、なぜ卵を使ってお祝い
するのかというと、

ヒヨコが卵を破って生まれてくるように
イエスも死からの殻を破って復活した
という事から
「卵」が復活のシンボルとして
イースターエッグと称されて
用いられるようになりました。

そして、カラフルに染められたゆで卵を
探す「エッグハント」や、

卵を割らないようにして転がす
「エッグロール」という遊びもあります。

 


 

ユダがイエスから言われた言葉‥

生まれてこないほうが、

その者(ユダ)のためによかった

ってイエス様のセリフ‥

あれには心底ドッキリしましたけどね‥

 

イエスがユダに対して発した言葉で、
この言葉については
様々な意見が分かれる部分です。

裏切者であるユダは嫌われ役ですが、
イエスが弟子に対して愛の無い言葉を
発するとは考えにくいからです。

キリストが処刑されてから復活を
遂げる奇跡は、

ユダによる裏切りが必要であり、
ユダもその重要な使命を全うした
という意見もあります。

「生まれて来なければ、
こんなに苦しい思いを
することが
なかったのに‥」

という意味でのセリフ
だったという受け取り方もあるようです。

 


 

おまけのページでユダが‥

「大体イエス様と同じテーブルに

つくの私いまだにトラウマなんで

逆によかったですよ‥」

 

それに対してイエスが‥

私の右側に座りなさいユダ!!!」

 

イエスと同じテーブルについて食事を
する場面で、

マンガの中でユダが「トラウマ」だと言ったのは、
最後の晩餐の出来事です。

ユダを含む12人の弟子達と
その席につくのですが、

イエスは突然

「この中に私を裏切る者がいる」

と予告します。

ユダはイエスから

「しようとしていることをすぐにしなさい」

という言葉をかけられ、

パンを受け取りその場から
出て行ってしまいます。

そして、

「右側に座りなさい」というセリフは、

キリスト教において、

「右側にいる人達」の意味としては、
祝福された人達」です。

反対に、左は悪魔と共に処罰される
側となってしまいます。

基本的に手で十字架をきるのも右手
などで行われたりするので、

キリスト教では右側というのは
良いものだというイメージです。

マンガの中でユダを右側に
座らせようとするイエスは、

ユダを仲間はずれにしないように
気を使っていますね。

 

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5巻その36☆いざ、渋谷!!

 

アナンダの地図で‥

煩悩+1塔の右の道を歩むべし」

 

煩悩とは、俗に人の欲の
事を言いますが、その煩悩は
108あるとされています。

除夜の鐘を108回撞くのも
煩悩を消すためだと言われて
ますが、人間である以上は
煩悩(欲)を消すことは難しい事です。

(煩悩に詳しい記事)
    
大晦日の除夜の鐘は何回つく?煩悩の意味や数とお寺の除夜会とは?
  


 

ブッダがアウェー感について‥

「断食を破って乳がゆを食べた

後に戻った苦行林程度の

アウェー感だよ‥」

 

ブッダが悟りを開く為に断食などの
苦行をしますが、

それでも悟れない為、
無意味な苦行では体をダメにするだけ
だとして、苦行林を出て川で沐浴します。

そこでスジャータという娘から
乳がゆの施しを受けて、みるみる体力を
回復したブッダは元気になりますが、

それを見た苦行を共にしていた仲間の
修行僧は

「シッダールタ(ブッダ)は堕落した」

と軽蔑して離れて行ったという
お話しがあります。

 


 

ブッダが糞掃衣の話をしていて‥

「路上で会った人と来ている服を

トレードしてもらったね‥」

 

ブッダの弟子で粗末な生活を
とことん突き詰めて修行した
マハーカッサパという人物がいます。

そのマハーカッサパは、ブッダの教団
が発展して、

信者たちから綺麗な衣が寄進
されても、生涯粗末な糞掃衣を貫いたそうです。

そんなマハーカッサパは、ブッダが樹の
下に座ろうとした際に、

自分の衣を脱いでたたんで座をつくります。

そこへ座ったブッダが布が
柔らかである事を称えると、

ブッダにその衣を差し上げて、

自分はブッダの着古した
糞掃衣を身にまとったとあります。

 


 

ブッダが手相を見てもらって‥

手足指縵網相
(しゅそくしまんもうそう)」

 

手足指縵網相とは、

仏の三十ニ相の内の第五で、
手足の指の間に水かきのような
膜があることをいいます。

 


 

悪い占いをブッダが‥

終末のことじゃない?イエス」

 

終末は、天地創造の反対の言葉です。

この世の終わりには、
「最後の審判」が行われるという内容ですが、

マンガの中でイエスが
「終末」と聞いて安心した様子なのは、
ただの人類滅亡といった意味ではなく、

最後の審判による
世界的な大浄化作用であって、

悪人以外は天国へ行って
喜びの生活をおくるという
解釈をしたものと推測されます。

この世の終わりに一体何が
おこるのかを具体的に描く、
いわゆる「終末論」ですが、

聖書のなかでも最も難関で、
未だにはっきりと解釈できる人はいないと
されています。

 

まとめ

 

宗教用語に関しては、当サイト管理人は
専門家ではありませんので、
あくまでも簡単な知識程度の
感覚でご理解いただきたいと思います。

宗教への理解や解釈の違い等があると
思いますが、「聖☆おにいさん」を
より楽しく読む目的で記事を書いたことを
ご理解いただけたら幸いです。

この記事の続きの元ネタはこちら(6巻前編)
     
聖☆おにいさん6巻の宗教用語・元ネタ解説!前編その37~その39

 

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