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聖☆おにいさん

聖☆おにいさん7巻の元ネタ解説・宗教用語!前編その44~その46

聖☆おにいさん(セイントおにいさん)
のマンガに出てくるブッダやイエスの
宗教ギャグの元ネタを解説します!

まだ知らない方が読まれた場合、
ネタバレになってしまうので、
7巻の内容をまだ知らない方は
ご注意下さい。
※過去記事で解説した用語は省略させて
いただくことがありますのでご了承ください。
なお、この記事は非公式です。

この記事の1つ前の元ネタはこちら(6巻後編)
      
聖☆おにいさん6巻の宗教用語・元ネタ解説!後編その40~その43

 

 

7巻その44☆愛、さんさんと!

 

イエスが母・マリアと出席した
知り合いの結婚式で、奇跡をおこそうとして‥

関係ないでしょ 婦人には!!

 

イエスが自分の母親であるマリアに対して
「婦人」と呼ぶ場面がマンガには
度々あります。

ヨハネによる福音書によると、
イエスが最初に起こした奇跡は
「カナの婚礼でみられた」とあり、

カナという町の(ナザレの北方14キロの位置)
ある人物の結婚式に
イエスと、母のマリアと、弟子たちが招かれた
時のお話しです。

祝宴の最中に用意しておいたぶどう酒が
なくなってしまう事態がおこります。

この時代は、どんなに貧しくても婚礼の祝いには
お客にたっぷりとぶどう酒を振る舞うのが
礼儀でした。

困った家主は途方にくれてしまいます。

母のマリアは

「ぶどう酒がなくなりました」

とイエスに告げますが、イエスは、

「婦人よ、わたしとどんな
関わりがあるのです。
わたしの時はまだきていません」

と冷たく返しますが、ユダヤ人が清めに使う
石の水亀が6つあるのに目をとめたイエスは
召使に水を注がせます。

それを宴席に運ぶと、水はいつのまにか
ぶどう酒に変わっており、その味はとても
美味しく、列席者からも絶賛だったそうです。

奇跡を目の当たりにした弟子たちは、
これを機にイエスを信じるようになった
というお話しです。

 


 

涙もろい母のマリアについてイエスが‥

「母さんが涙をこらえるたび
下界のマリア像一体が泣くんだけどね」

 

世界中のさまざまな場所で
マリア像の目から涙がながれた
という
現象のニュースはよくあります。

それを「奇跡」として信者の人が
扱うのですが、

日本では「秋田の聖母マリア」が
有名で、現在は泣いていないものの、
海外からも多くの人が祈りを捧げに
くるようです。

涙だけではなく、血を流したり、
油のようなものが流れたりと、

他の像にはないマリア像特有の
奇跡の現象が世界各地で報告
されています。

中には実際にDNA鑑定でO型の
血液を流すマリア像も存在する
ようですが、賛否両論です。

 


 

イエスが‥

「ほら 母さん聖女だから」

:ブッダ

処女受胎だものね‥」

 

マンガ中の母マリアは、
男女関係のないままイエスを
身ごもったことをコンプレックスとしていて、
ブッダの母であるマーヤ婦人に対して
引け目を感じています。

聖☆おにいさんでは、
受胎告知の話は「ルカの福音書」の
ストーリーが使われているのですが
おおよそ以下の内容です。

ナザレのマリアの前に、
天使ガブリエルが現れて、

「おめでとう 恵まれた方。
あなたは神の恵みにより、男の子を
産みます。その子をイエスと名付けなさい」

と言います。
これを聞いたマリアは、大工のヨセフと
婚約していたものの、

清らかな関係だった為に
驚き戸惑います。

しかし、聖霊の力で子が宿ったことを
知ると、マリアは

「お言葉どおり、この身に成ります
ように」

と答えてその事実を受け入れるという
話です。

 


 

天界への受付の案内人がイエスに‥

「生まれた日に
洗礼うけたりすると天国だけど‥

死ぬ直前ギリで改宗しても
天国より
ちょいグレードの低い煉獄
じゃないですかあ‥」

 

煉獄(れんごく)というのは
死後に、地獄へ行くほどではないものの、

ストレートには天国行きとはならない
魂が罪の清めを受ける為の場所です。

キリスト教の人が死者の為に
祈ることを大切にしているのは
こういった部分からもきているようです。

ただ、煉獄はカトリックの考えで、
全ての教派で共通している教えでは
ないようです。

 


 

イエス達を冷たくあしらう案内人が‥

「僕 エンジェルじゃなくて
キューピッドなんで‥
うちのボス ゼウスなんでそこ一緒に
しないでください」

 

キューピッドとエンジェルの違いで
一番わかりやすい特徴は、
矢をもっているかどうかです。

キューピッドはローマ神話での
神の1人
で、
ヴィーナスの子です。

金の矢と鉛の矢を持ています。
金は恋心・鉛は憎悪の気持ちを抱かせると
言われます。

そして、ゼウスはローマ神話の主神です。

エンジェルはキリスト教の神の使いで、
「天使」のくくりとなります。

 

 

7巻その45☆八百万と九十九

 

ブッダがリサイクルショップで‥

「うちの教団でも昔からさ‥
服でもおわんでも人からもらったやつ
じゃないとダメって決めててさ‥」

 

インドでブッダが説法を行っていたころ
衣食を人々の施しによって
賄っていました。

仏の方を授けながら、人々からはお布施として

汚れた粗末な布をもらい、それを
縫い合わせて身にまとっていました。
糞掃衣(ふんぞうえ)と言います。

自分では生産活動を行わなかった僧達は
生活に必要なものは、
仏法を説いた際のお布施として
ありがたく受け取って使ったと言います。

 


 

イエスが
「ブッダの古着を弟子にあげると喜ぶよ」
と提案したら、ブッダが‥

「もうケシズミになるまで
永遠に着続けるのが目に見えるんだよ」

 

ケシズミとは、
宗教用語とは関係ないのですが

向こうの景色が透けて見えるほどの
薄いスクリーン状のカーテンなどの
ことを言うようです。

 

7巻その46☆旧交をあたためよう!

 

冒頭文より‥

ブッダは悟るまでに色々な修行をした

二人の師のもとに弟子入りもしたがー‥

どちらの教えにも満足することなく去った‥

 

マンガではアーラーマ先生とあるが、
「アラーラ・カーラーマ」という名前
でも呼ばれています。(阿羅邏迦蘭)

そのアーラーマ先生の所で
ブッダは「空無辺処」という教えを聞いて、
まもなく境地に達します。

手塚治虫の「ブッダ」というマンガでは
「アララ仙人」として、修行内容は
瞑想して「止」を体得するものでした。

もう一人の弟子入りした人物は、
ウッダカ・ラーマプッタ仙人で、
「無所有処」の修行をします。

そこでも「空」の極意を体得し、
引き留められたものの、ブッダは
2人の師の元から去ります。

 

 


 

苦行仲間がブッダに‥

「よかったーだよね
一緒にハゲタカに突かれた仲だもんね」

 

:ブッダの心の声

うっ‥一緒にハゲタカに突かれてたの
確か二人いた‥!
どっちだ‥!?

突かれ過ぎて内臓出ちゃったほうかな?

 

申し訳ありません。元ネタになる
話を突き止める事ができませんでした。
分かり次第、書きます!

 


 

ホルモンというあだ名の修行仲間が‥

「あっ‥いやっ‥俺‥は‥
まだ輪廻終わってないし‥」

 

輪廻転生ということは
仏教経典にもありますが、

生きるもの全ては
生まれ変わりを繰り返しているという
教えです。

次によりよい人生を送れるように
現世で善い行いをして徳を積むという
努力をするとされていますが、

六道輪廻といって、六つの世界を
生まれ変わり死に変わりしている
と説いてあります。

日本の仏教宗派全てで
「輪廻」を肯定しているわけでは
ありませが、
浄土真宗ではこの迷いの世界を
越える道を仏教の道として説いています。

下から
「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」
「人間」「天上」とあり、
全て迷いの世界です。

お釈迦様が生まれてすぐ七歩
歩いたという伝説はこの六道を超えた
悟りの世界に至った存在という表現です。

 


 

飲み会の席でアンデレが心の声で‥

同じ港出身漁師同窓会」は
こっちだぜ

 

イエスの弟子の中で、漁師をしていた
のはペトロ(兄)とアンデレ(弟)

そして、
ヤコブ(兄)通称:大ヤコブと
ヨハネ(弟)の4人です。

弟子の召命順は、福音書によって
違いますが、ペトロだけはどれも
一番に挙げられています。

マンガ中の「同じ港出身漁師」という
部分は、おそらく
「ガリラヤ湖」というヨルダン地溝に
位置するイスラエル最大の淡水湖です。

 


 

ヨハネが口論して‥

「いいや「人間をとる漁師」とは
私達が頂いた称号!」

 

この部分は、イエスが漁師達を弟子にする
エピソードからです。

ルカによる福音書によると、
漁師のペトロが前夜に全く魚がとれず、
網を洗っていたところにイエスが現れます。

イエスは魚のとれなかったペトロに対して
沖に出て網をおろしなさいと言うので
これに仕方なくペトロは従います。

すると網がちぎれそうになるほどの大漁で、
もう一艘の船に助けをかりて
漁を終えます。

仲間の漁師のヤコブとヨハネも驚きました。

ペトロはイエスの足元にひれ伏して
少しでも疑った自分を悔いました。
それは他の漁師も一緒です。

するとイエスは

恐れることはない。今から後、
あなたは人間をとる漁師になる

と言われると、彼らは全てを捨てて
イエスに従ったと言います。

 


 

ペトロがほろ酔いで道を歩いていると
イエスとすれ違い、驚いて心の声で‥

以前 イエス様は昇天した後にも
私を諭す時に出現して道ですれ違った

さらにイエスに声をかける‥

「‥どこにおいでになるのですか‥」

 

ここのマンガ場面はペトロが殉教する
話のシーンからきていると思われます。

聖書には書かれていないのですが
言い伝えの有名な話によれば、

皇帝ネロ二世によってローマで
捕らえられたペトロが一度は逃げ出す
のですが、

ローマの門を出る際に
幻のイエスとすれ違い、ペトロが

どこに行かれるのですか?

と聞くと、

「十字架にかかるためにローマに
行くのだ」

と答えます。ペトロは、

「主はまたも自分の身代わりとして
死のうとしておられる」と泣き、

すぐに引き返して磔にされて殉教した
というお話しがあります。

 

まとめ

 

宗教用語に関しては、当サイト管理人は
専門家ではありませんので、
あくまでも簡単な知識程度の
感覚でご理解いただきたいと思います。

宗教への理解や解釈の違い等があると
思いますが、「聖☆おにいさん」を
より楽しく読む目的で記事を書いたことを
ご理解いただけたら幸いです。

この記事の続きの元ネタはこちら(7巻後編)
     
聖☆おにいさん7巻の宗教用語・元ネタ解説!後編その47~その50